川口九社詣【勾玉巡り】の各神社について、「勾玉御朱印帳の有無」「受付時間」「駐車所の有無」「例祭日」などを神社ごとにまとめてあります。勾玉巡りの九社を訪問する際のお役に立てれば幸甚です。
勾玉巡り九社一覧
川口九社詣勾玉巡りの九社一覧です。「神社名」をクリックすると各神社の詳細ページへ移動します
地区 | 神社名 | 受付時間 | 勾玉御朱印帖 | 駐車場台数 | 例祭日 |
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中央 | 川口神社 | 09時00分より 16時 00分まで | なし | あり10台程度 | 10月20日 |
青木 | 鎮守氷川神社 | 09時00分より 16時 30分まで | あり | あり50台程度 | 10月20日 |
鳩ヶ谷 | 鳩ヶ谷氷川神社 | 08時30分より 17時 00分まで | なし | あり15台程度 | 10月15日 |
青木 | 前川神社 | 09時00分より 16時 00分まで | あり | あり13台 | 10月17日 |
戸塚 | 東沼神社 | 09時00分より 17時 00分まで | あり | あり150台 | 10月08日 |
戸塚 | 七郷神社 | 09時00分より 15時 00分まで | あり | あり15台 | 10月15日 |
安行 | 九重神社 | 10時00分より 16時 30分まで | あり | なし | 10月15日 |
新郷 | 峯ヶ岡八幡神社 | 09時00分より 17時 00分まで | あり | あり40台程度 | 09月15日 |
南平 | 元郷氷川神社 | 09時00分より 16時 30分まで | あり | あり | 10月第三日曜日 |
川口九社詣勾玉巡り【川口神社】
西暦940年頃に創建されたと伝えられており、「氷川社」と称されていました。 江戸時代には除地を定められ、「氷川大明神」と尊称された。 明治時代には、町内の神社を合祀して、社名を「川口神社」とし、川口市の総鎮守として埼玉県の県社に列せられた。 現在、川口市十三町会氏子を始め、五十万市民の崇敬神としてお祭りしております。
引用元:埼玉県神社庁「埼玉県の神社を探す・川口神社」より
川口神社へのアクセス方法や川口神社の御由諸・御祭神など詳細はこちら御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【鎮守氷川神社】
鎮守氷川神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「鎮守氷川神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【鳩ヶ谷氷川神社】
鳩ヶ谷氷川神社(はとがやひかわじんじゃ) 当社は、旧日光御成街道 鳩ヶ谷宿の中心に鎮座し、創立は、応永元年(1394)と伝えられております。 以来、地域の方々の心の拠り所として尊崇されております。
平成5年には、御鎮座六百年記念事業として、神門、廻廊の造営、神輿の新調等、氏子崇敬者の御協賛により、御社頭の面目を一新いたしました。
引用元:埼玉県神社庁「埼玉県の神社を探す/鳩ヶ谷氷川神社」より
鳩ヶ谷(はとがや)神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「鳩ヶ谷神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【前川神社】
当社は、災厄を塞ぎ止める塞神(ふせぎがみ)として厄除け、方位除け、災難除け、交通守護の信仰を集める。
引用元:埼玉県神社庁「埼玉県の神社を探す/前川神社」より
前川(まえかわ)神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「前川神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【東沼神社】
由緒 創立不詳でありますが、鎌倉時代末期から江戸時代の初期のころの創立と思われます。 もとは、木花咲耶姫を奉斉した浅間神社でしたが、明治40年に、差間村の稲荷社、菅原社、間宮村の大白天社、氷川社、北原村の稲荷社、行衛の稲荷社、菅原社の7社を合社して、社名を東沼神社と改称しました。
引用元:埼玉県神社庁「埼玉県の神社を探す/東沼神社」より
東沼(とうしょう)神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「東沼神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【七郷神社】
七郷神社は、明治40年以前は、氷川社でした。神社の創立については、別当であった西光院の火災で記録が焼失したため分かっておりません。
別当の西光院が天正元年(1573年)の創立と伝えられていることから同時期に祭られたものと思われます。
また、現在戸塚消防分署がある場所から弥生時代の遺跡が出ていることから、神社神道のおこる前からこの場所で祭祀が行われていた可能性もあります。また、神社の小高い裏山は、古墳では無いかと言う方もおられますが、定かではありません。
七郷神社の主祭神は、素盞嗚尊(スサノオのみこと)で、豊穣、武運の神様です。江戸化政年間の書かれた『新編武蔵風土記稿』には、「氷川熊野峰岳明神社 小名上組の鎮守なり 西光院の持 末社 天神社 荒脛社 稲荷社 諏訪社」と記載されています。
この末社のうち「荒脛社」(アラハバキ)の神様は、アイヌの神様であると言う説がありますが、詳しくは、分かってはおらず、現在の末社とは異なっています。
現在の末社(神社の左の社)に祭られているのは、三峰社、獅子社(猿田彦の神)、厳島社、疱瘡社、菅原社、稲荷社の6社です。 明治6年の神仏分離により別当の西光院から別れて村社となり、明治40年には、下立山の神明社、一本木の諏訪社、平沼の厳島社、佐藤の稲荷社、藤兵衛新田の稲荷社、久左衛門新田の天神社の6社を合祀して七郷神社と改称しました。
引用元:埼玉県神社庁「埼玉県の神社を探す/七郷神社」より
七郷(ななさと)神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「七郷神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【九重神社】
江戸期までは、「氷川社」と号されていた。明治期に入り、安行村の9つの地区(村のほぼ全域)の神社の合祀により、九重神社と改称された。
埼玉県下第一の椎の大樹二本が聳え立ち、一帯は野鳥の森に指定されている。
引用元:埼玉県神社庁「埼玉県の神社を探す/九重神社」より
九重(ここのえ)神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「九重神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【峯ヶ岡八幡神社】
峯ヶ岡八幡(みねがおかはちまん)神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「峯ヶ岡八幡神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡り【元郷氷川神社】
元郷氷川神社は室町後期に当地を治めていた岩槻方の武将、平柳蔵人が武蔵國一宮氷川神社(さいたま市大宮区高鼻町鎭座)を勧請し、創建されました。平柳氏の領する地は、平柳領十五ヶ村(元郷村、弥兵衛新田村、領家村、新井方村、十二月田村、樋爪村、二軒在家村、上新田村、中居村、小淵村、辻村、前田村、川口村、飯塚村、浮間村)と呼ばれ、元郷はその本村であり、平柳蔵人は自身が治める地域の安寧を祈願し、館を構える元郷に社を建てたのです。そして鎭座以来数百年間に亘り、地域の鎮守神として氏子に崇敬されてきました。
引用元:埼玉県神社庁「埼玉県の神社を探す/氷川神社」より
元郷(もとごう)氷川神社へのアクセス方法や御由諸・御祭神など詳細は以下「元郷氷川神社」を御覧ください
川口九社詣勾玉巡りの九社は、氷川神社の名前がつく神社が3社ありますが、ほかは地名や数にまつわる神社名がつけらてています。
それぞれ拝殿や境内の雰囲気も違い、九社そぜぞれ特徴のある神社です。
勾玉巡りをしつつそれぞれの神社の拝殿・境内・御朱印なども楽しめるのではないでしょうか?
勾玉巡り九社へのアクセス方法はこちら「アクセス一覧」にてご確認ください。